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ことわざ辞典の歴史

「ことわざ」は、誰が作ったわけでもない言葉です。では、その言葉は誰が集め、どうやって書き残してきたのでしょう。ここでは、千年前から現代まで続く「ことわざ辞典」の歩みをたどってみることにしましょう。

ことわざ辞典の歴史

日本最古のことわざ辞典「世俗諺文」

文机に向かって筆を執る平安時代の学者(世俗諺文)

日本で最初の「ことわざ辞典」とされているのが、平安時代中期の『世俗諺文(せぞくげんもん)』です。

成立したのは1007年、寛弘四年のこと。作者は学者の源為憲(みなもとのためのり)とされています。この年は、紫式部が『源氏物語』を書いていたころと重なりますから、いかに古いかが分かりますよね。

世俗諺文には「良薬は口に苦し」「千載一遇」といった言葉が収められていました。驚くのは、今の辞典にも載っている言葉が、すでに並んでいるということです。千年前の人も、私たちと同じ言葉を使っていたんですね。

ただし残念なことに、完全な形では残っていません。現在伝わっているのは一部だけです。もし全体が残っていたら、平安時代の人々がどんな言葉を交わしていたのか、もっとよく分かったことでしょう。

世俗諺文については「ことわざの歴史」のページでも紹介していますので、あわせてご覧ください。

辞典が生まれるまでの長い時間

松の木の下で子どもたちに語り聞かせる老人(辞典が生まれるまで)

ここで一つ、不思議に思いませんか。

「ことわざ」そのものは、文字より前からあったはずです。古事記や万葉集にも、当時言い慣わされていたと思われる表現が登場しますからね。それなのに、辞典としてまとめられたのは平安時代になってから。ずいぶん時間がかかっています。

理由ははっきりしています。書き残す必要がなかったからです。

「ことわざ」は、口から口へ伝わるもの。短くてリズムがよく、一度聞いたら忘れない形になっているのは、そのためでした。わざわざ書き留めなくても、ちゃんと受け継がれていったんですね。このあたりは「ことわざの起源」のページで詳しく説明しています。

では、なぜ辞典が作られたのでしょう。おそらく、学問として整理しようという意識が生まれたからでしょう。貴族や僧侶といった文字を扱う人々が、庶民の言葉を「研究の対象」として見はじめた——そう考えると、世俗諺文という名前にも納得がいきます。「世俗」つまり世間一般の、「諺文」つまりことわざの書、という意味ですからね。

庶民が日々使っている言葉を、わざわざ書き留めて分類する。今では当たり前のことですが、当時としてはなかなか新しい発想だったのではないでしょうか。

中世、言葉は文学のなかに

座敷で巻物を読み聞かせる男と聞き入る人々(中世の文学)

世俗諺文のあと、しばらくのあいだ「ことわざ辞典」と呼べるものはあまり見当たりません。

とはいえ、「ことわざ」が使われなくなったわけではありません。むしろこの時代、言葉は文学作品のなかに息づいていました。

『平家物語』や『徒然草』、謡曲や狂言。こうした作品には、当時の言い回しがふんだんに登場します。作者が説明もなくさらりと使っているということは、読者や観客にとって説明不要なほど広まっていた、ということですよね。

つまり中世の「ことわざ」は、辞典ではなく作品のなかに記録されたというわけです。研究者が昔の言葉を調べるとき、こうした作品が貴重な手がかりにしていました。

江戸時代、庶民のものになる

縁側でかるた遊びをする子どもたちと版木を刷る職人(江戸とことわざ)

「ことわざ」に関する事柄が大きく動きはじめるのは、江戸時代に入ってからです。

江戸時代は、庶民の文化が花開いた時代でした。寺子屋が広まって読み書きのできる人が増え、木版印刷の普及で本も手に入りやすくなります。そうなると、「ことわざ」を集めた本にも需要が生まれます。

この時期に大きな役割を果たしたのが、いろはかるたです。十八世紀の終わりごろに生まれたこのかるたは、辞典とは違いますが、「ことわざ」を四十八枚にまとめて広めたという点では、立派な普及の道具でした。

しかも遊びながら覚えられるのですから、辞典よりもずっと多くの人に届いたことでしょう。文字が読めない子どもでも、絵札を見れば意味が分かりますからね。いろはかるたについては「いろはかるたで覚えることわざ」のページで詳しく紹介しています。

また江戸時代には、狂歌や川柳といった庶民の文芸も盛んになりました。そこでは「ことわざ」をもじったり、ひねったりする遊びが流行します。言葉がしっかり共有されていなければ、もじっても笑いになりませんよね。それだけ「ことわざ」が、暮らしに根づいていたということでしょう。

日本初の本格的なことわざ辞典「諺語大辞典」

書物に囲まれて辞典を編む明治の学者(諺語大辞典)

そして明治時代。ついに本格的な「ことわざ辞典」が登場します。

諺語大辞典(げんごだいじてん)。これを著したのが、国文学者の藤井乙男(ふじいおとお)です。

藤井乙男は京都帝国大学の教授を務めた人物で、近世文学の研究者でもありました。彼が全国から「ことわざ」を集め、意味や用例を整理してまとめ上げたのが、この辞典です。

それまでにも「ことわざ」を集めた本はありましたが、学術的な体裁を整えた本格的な辞典としては、これが日本初とされています。現代のことわざ辞典は、すべてこの系譜につながっていると言ってもいいでしょう。

明治という時代に、こうした仕事が行われたのには理由があります。西洋の学問が入ってきて、日本語そのものを研究対象として見直す動きが生まれました。方言の調査や、古語の整理もこの時期に進みました。「ことわざ」もまた、記録すべき日本語の財産として位置づけられたというわけです。

辞典が果たしてきた役割

こうして見てくると、「ことわざ辞典」には三つの役割があったことが分かります。

その一、記録する

老人の話を書き留める若い夫婦(言葉を記録する)

口伝えの言葉は、使われなくなれば消えてしまいます。辞典に書き留められることで、言葉は時代を超えて残るんですね。

今では使われなくなった古い「ことわざ」も、辞典のなかには残っています。もし辞典がなければ、私たちは昔の人がどんな言葉を使っていたのか、知るすべがなかったでしょう。

その二、意味を定める

開いた書物を前に考え込む学者(意味を定める)

口伝えのあいだに、言葉の意味は少しずつずれていきます。辞典は、その時点での意味を記録することで、ある程度の基準を作る役割を果たしてきました。

とはいえ、言葉の変化そのものは止められません。「情けは人のためならず」のように、辞典が正しい意味を載せていても、誤用が広まってしまう例はありますから。むしろ辞典は、変化を記録する役割も担っているとも言えるでしょう。

実際、新しい版が出るたびに、意味の説明が書き換えられることがあります。「今はこういう意味でも使われる」と注記が加わったり、誤用とされていたものが認められたり。辞典は固定された石碑ではなく、言葉と一緒に動いているんですね。

その三、集めて見渡せるようにする

畳に札を並べて見渡す学者(言葉を集めて見渡す)

ばらばらに存在していた言葉が一冊にまとまることで、全体を見渡せるようになります。似た意味の「ことわざ」を比べたり、同じ動物が出てくるものを並べたり——そうした楽しみ方ができるのは、辞典のおかげですね。

このサイトが動物別に「ことわざ」をまとめているのも、言ってみれば同じ発想です。

辞典によって、分類は違う

動物の絵札を並べて分類する学者(辞典ごとの分類)

ここで、辞典を使うときの注意点を一つ。

実は、辞典によって載っている言葉も、分類も少しずつ違います。

ある辞典では「ことわざ」として載っている言葉が、別の辞典では慣用句として扱われていることは珍しくありません。「ことわざ」と「慣用句」の境目は、専門家のあいだでも意見が分かれるところなのです。

くわしくは「ことわざ・慣用句・四字熟語・故事成語の違い」のページで説明していますので、あわせてご覧ください。

ですから、何かを調べるときは複数の辞典を見比べるのがおすすめです。意味の説明の仕方や、由来の解釈にも違いがありますから、見比べること自体が面白い発見に繋がります。

由来については特に、辞典ごとに「諸説あり」とされているものが多いですが、長い年月のあいだに出どころが分からなくなってしまった言葉が、それだけたくさんあるということでしょう。

世界にも、ことわざ辞典はある

少し目を外に向けてみましょう。「ことわざ」を集めて記録するという営みは、日本だけのものではありません。

ヨーロッパ

書斎で古い本を読むヨーロッパの学者(欧州のことわざ辞典)

ヨーロッパでは、十六世紀の人文主義者エラスムスが『格言集(アダギア)』をまとめました。ギリシャ・ローマの古典から集めた数千の言葉を収録したもので、当時のベストセラーになったと言われています。印刷技術が広まりはじめた時期と重なったことも、普及を後押ししたのでしょうね。

中国

東屋で竹簡を広げる中国の学者たち(中国のことわざ辞典)

中国にも古くから、こうした言葉を集めた書物が数多くありました。日本に伝わった故事成語の多くは、そうした書物を通じて入ってきたんですね。

人間は、どこの国でも同じことを考えるものなのでしょう。優れた言葉を集めて、残しておきたい——その気持ちが、世界中で辞典を生んできたというわけです。

外国の「ことわざ」については「ことわざ雑学」のページで紹介していますので、ぜひご覧くださいね。

そして今、辞典はどこへ

辞典とスマートフォンを並べて調べる現代の人(現代のことわざ辞典)

現代では、「ことわざ辞典」の形も変わりつつあります。

紙の辞典だけでなく、電子辞書やスマートフォンのアプリ、インターネット上の辞典サイト。調べたいときにその場で引ける便利さは、昔の人には想像もつかなかったでしょうね。

一方で、気をつけたいこともあります。手軽に調べられるぶん、出どころの不確かな情報も混ざりやすくなりました。「こんな由来がある」という話がインターネットで広まり、それが定説のように扱われてしまう——そんな例も見かけます。

このサイトでも由来を紹介していますが、諸説あるものについてはその旨を添えるよう心がけています。気になる言葉があれば、ぜひ信頼できる辞典でも確かめてみてくださいね。

千年分の言葉が、手の中に

今、書店に行けば何種類もの「ことわざ辞典」が並んでいます。スマートフォンがあれば、その場で調べることもできますよね。

けれど、その便利さの裏には、千年にわたる積み重ねがあります。源為憲が世俗諺文をまとめ、中世の人々が作品のなかに言葉を残し、江戸の子どもたちがかるたで遊び、藤井乙男が全国の言葉を集めた——そうした営みの先に、今の辞典があるのです。

何気なく辞典を引くとき、ちょっとだけ意識してみてください…手の中にあるのは、ずいぶん長い時間をかけて作られたものだということを。