い ── 犬も歩けば棒にあたる
かるたの一枚目を飾る、最も有名な札です。もとは「余計なことをすると災難にあう」という悪い意味でしたが、今では「行動すれば思いがけない幸運に出会う」という良い意味で使われることのほうが多くなりました。くわしくは「犬のことわざ」のページをご覧ください。
「い」は「犬も歩けば棒にあたる」。子どものころ、お正月にかるたで遊んだ記憶のある方も多いのではないでしょうか。
実はこの「いろはかるた」、江戸時代の後半に生まれた、立派な「ことわざ」の教科書なんですよ。しかも地域によって、札の中身がまるで違うというのをご存じでしたか?
ここでは、そんないろはかるたの世界をのぞいてみましょう。
いろはかるたは、「いろは歌」の四十七文字に「京」の一字を加えた四十八枚の札で遊ぶ、昔ながらのかるたです。読み札には「ことわざ」が書かれ、絵札にはその情景が描かれています。読み手が「犬も歩けば棒にあたる」と読み上げたら、犬の絵が描かれた「い」の札を取る——という遊び方ですね。
生まれたのは江戸時代の後半、十八世紀の終わりごろだとされています。もともとかるたは大人の遊びでしたが、子ども向けに作られたのがこのいろはかるただったんですね。
遊びながら、ひらがなと「ことわざ」を同時に覚えられる。考えてみれば、ずいぶんよくできた仕組みです。「ことわざ」が庶民の、そして子どもたちの共有財産になったのは、このかるたの力が大きかったと言われています。
さて、ここからが面白いところです。いろはかるたには、大きく分けて江戸(東京)版、上方(京都・大阪)版、そして尾張(名古屋)版の三つの系統があります。同じ「い」の札でも、採用されている「ことわざ」がまったく違います。
| 札 | 江戸 | 上方 | 尾張 |
|---|---|---|---|
| 「い」の札 | 犬も歩けば棒にあたる | 一寸先は闇 | 一を聞いて十を知る |
| 「ろ」の札 | 論より証拠 | 論語読みの論語知らず | 六十の三つ子 |
| 「は」の札 | 花より団子 | 針の穴から天のぞく | 八方睨みの名画 |
いかがでしょう。同じ文字から始まる「ことわざ」でも、選ばれるものがこれほど違うというのは不思議ですよね。
全体の傾向としては、江戸版は分かりやすく庶民的、上方版は教訓や皮肉がきいたものが多いと言われています。土地柄が、そのまま札の選び方にあらわれているのかもしれませんね。
今もっとも広く知られているのは江戸版です。「犬も歩けば棒にあたる」から始まる、あのかるたですね。
いろはかるた(江戸版)の有名な札を紹介します。中には、動物が登場する札もあります。
かるたの一枚目を飾る、最も有名な札です。もとは「余計なことをすると災難にあう」という悪い意味でしたが、今では「行動すれば思いがけない幸運に出会う」という良い意味で使われることのほうが多くなりました。くわしくは「犬のことわざ」のページをご覧ください。
価値の分からない人に立派なものを与えても無駄、という意味ですね。同じ意味で「豚に真珠」「犬に論語」「馬の耳に念仏」と、実にたくさんの動物が登場します。
こちらは動物ではありませんが、「う」の札として有名ですね。
苦労したのに何も得られない、という意味です。
失敗したあとで、あわててごまかそうとすること。かるたらしい、くだけた札ですね。
年配の人が、無理をすることのたとえです。
どんな仕打ちを受けても平気な様子。蛙が堂々と登場しています。
筋の通らないことがまかり通れば、正しいことが行われなくなる、という意味ですね。
世間知らずのお坊ちゃんを指す言葉です。今では使われない「ゐ」の札というのも、時代を感じさせますね。
こうして並べてみると、動物が出てくる札は意外と限られています。四十八枚のうち、犬と猫と蛙くらいでしょうか。ただし、札の種類は版によっても時代によっても入れ替わりますので、別の版では馬や鼠が登場することもあるんですよ。
ところで、なぜ「あいうえお」ではなく「いろは」なのでしょう。
これは、かるたが生まれた江戸時代には、文字を覚えるといえば「いろは歌」が当たり前だったからです。「いろはにほへと ちりぬるを…」という、あの歌ですね。七五調で覚えやすく、しかも四十七文字がすべて一度ずつ出てくるという、とてもよくできた歌なんですよ。
寺子屋でも、まずこの「いろは」から習いました。だからかるたも、子どもたちが知っている順番で作られたというわけです。
ちなみに四十八枚目の「京」は、いろは歌には含まれていません。札の数を切りのいい四十八枚にするために、あとから加えられたと言われています。江戸版では「京の夢大坂の夢」という札になっていますね。
いろはかるたは、今も文房具店や書店で手に入ります。お正月の遊びとしてはもちろん、子どもに「ことわざ」を教える道具としても、これ以上のものはなかなかありません。
なにしろ、遊んでいるだけで四十八の「ことわざ」が頭に入ってしまうのですから。しかも絵札には情景が描かれていますので、意味も自然とつかめます。江戸の人たちが考えた仕組みは、二百年以上たった今でも、ちゃんと役に立っているんですね。
もし機会があれば、江戸版と上方版を見比べてみてください。同じ文字から、まったく違う「ことわざ」が出てくる面白さを味わえますよ。
「ことわざ」が庶民のあいだに広まっていった経緯については、「ことわざの歴史」のページでも紹介していますので、あわせてご覧ください。