井の中の蛙(かわず)、大海を知らず

自分が持つ少しの知識や狭い考え方にとらわれて、外の広い世界を知らないこと。世間知らず。
ずっと井戸の中にいる蛙は外の世界を知らず、広い海も見たことがないことに由来しています。正確には故事成語ですが、「されど空の深さを知る」というフレーズが続くこともあります。日本で付け足されたものなので、ここでは日本の「ことわざ」として載せました。
あの人はお金持ちのボンボンだから、井の中の蛙といわれても仕方ないでしょう。
梅雨の季節に入ると活発に行動しはじめる蛙。あの容姿や鳴き声が好きという人、嫌いという人、様々だと思います。
今は昔ほど見かける機会は少なくなったかもしれませんね。
ここでは蛙(カエル)にまつわる「ことわざ」を紹介していくことにしましょう。

自分が持つ少しの知識や狭い考え方にとらわれて、外の広い世界を知らないこと。世間知らず。
ずっと井戸の中にいる蛙は外の世界を知らず、広い海も見たことがないことに由来しています。正確には故事成語ですが、「されど空の深さを知る」というフレーズが続くこともあります。日本で付け足されたものなので、ここでは日本の「ことわざ」として載せました。
あの人はお金持ちのボンボンだから、井の中の蛙といわれても仕方ないでしょう。
恐ろしいものや苦手なものを前にして、体がすくんで動けない様子。
蛙は蛇ににらまれると動けなくなってしまうことに由来しています。「蛇ににらまれた蛙」という言い方もしますね。
家の壁にクモを見つけて、蛇に蛙の状態になってしまいました。

どんなに仕打ちを受けても平気な様子。何度注意されても、ちっとも動じない様子。
顔に水をかけられても平然としている蛙の様子に由来しています。違う動物が登場する、同じような意味の「ことわざ」に「アヒルの背に水をかける」、「牛の角を蜂が刺す」、「馬の耳に念仏」などがあります。
この子は今、いたずら盛り…しかも蛙の面に水で困っています。
後先のことを考えていない人たち、または先が見えない人が集まっていること。無茶な行動をとること。
「かわずの行列」と読むこともあります。蛙が後足で立つと目が後ろ向きになるので、前が見えなくなってしまうということに由来しています。
彼は蛙の行列といわざるを得ない行為で周囲の人々をあきれさせました。

子供はたいてい親に似るもの。また、凡人の子はやっぱり凡人であるということ。
この「ことわざ」の由来は文字通りです。蛙の子供はおたまじゃくしですが、やがて必ず蛙になりますよね。似たような意味の「ことわざ」に「瓜のつるにナスはならぬ」、「親に似た亀の子」などがあります。
父が描く下手な絵を見ると、やっぱり蛙の子は蛙だなぁとつくづく思います。
よけいなことを言ったために、災いを招いてしまうということ。
蛙が鳴いて自分の居場所を知らせてしまい、蛇に口から呑み込まれてしまうことに由来しています。同じような意味の「ことわざ」に「雉も鳴かずば撃たれまい」や「口は災いのもと」などがあります。
言わなくていいひと言で怒らせてしまいました。蛙は口から呑まるる、ですね。
願い事をしても、見当違いな方法では効果がないこと。かえって逆効果になってしまうこと。
蛙が「前が見えるように」と願をかけたところ、後ろ足で立つことになり、かえって目が後ろを向いて前が見えなくなってしまった、という話に由来しています。「蛙の行列」と同じ発想から生まれた言葉です。
やる気を出そうと部屋を片づけはじめたら、掃除だけで一日が終わりました。蛙の願立てですね。
子は結局、親に似るものだということ。
「蛙の子は蛙」を強調した言い方です。おたまじゃくしがどんなに姿を変えても、最後は蛙になることに由来しています。
兄も私も結局は父と同じ仕事に就きました。蛙の子は蛙の子ですね。
騒がしいだけで、中身のない議論や文章のこと。
中国由来の四字熟語です。蛙が鳴き、蝉が騒ぎ立てるように、やかましいばかりで内容がともなわない、という意味に由来しています。
二時間も話し合ったのに何も決まらず、蛙鳴蝉噪に終わってしまいました。
両生類の中で一番繁栄しているのがカエルだといわれています。シッポがなくて、後ろ足が発達しています。この後ろ足を使ってかなり高くジャンプすることができるんですよ。また、色んな種類のカエルがいますが、そのほとんどが肋骨を持っていません。カエルの幼生オタマジャクシは水中で生活し、姿形や生活スタイルをどんどん変化させて大人のカエルへと成長していきます。多くのカエルは陸と水中の両方で生活し、昆虫などをエサにしていますね。目が大きく上に飛び出ていて愛嬌のある顔をしています♪このことから、カエルはさまざまなキャラクターもモチーフに起用されたりもしています。
田舎のほうではカエルの大合唱が夏の風物詩となっています。そのほか、面白いことにアマガエルは雨が降りそうになると鳴き出します。なので、昔はよくアマガエルが天気予報代わりとして役立っていたんですって。
ここではカエルにまつわる伝説(昔話)を紹介しましょう。日本の昔話ではなく、アフリカのタンザニアに古くから伝わる「キレイになりたかったカエル」というお話です♪
蛙は孔雀(くじゃく)のキレイな羽にあこがれていました。ある日、蛙は孔雀に聞きました。「ねえ孔雀さん、どうしてあなたはそんなにキレイなの?キレイになる方法を教えて!」孔雀はこう答えました。「それは簡単よ。今すぐきれいになる方法を教えてあげるわ。まず火をおこして。」「そしてどうするの?」蛙はすぐにたずねました。「そんなに慌てないで話を最後まで聞いて。火をおこしたら、鍋をかけてココナッツ油を入れるの。」すると、蛙はこう言いました。「もう分かったわ。
その鍋に飛び込むのね?」「待って。そんなに慌てないで黙って話を聞いて。油が熱くなるのを待つのよ。」そこで、また蛙が口を挟みました。「もう分かったわ。油が熱くなったら飛び込むのね?」「違うわ。そんなに慌てないの。黙って最後まで話を聞いて!油が熱くなったら、鍋を火から下ろして…」と途中で、また蛙が口を出しました。「もう分かったわ。鍋を下ろしたら飛び込むのね!」「油が冷めるまで待って。」と言いたかった孔雀ですが蛙のうるささに、つい「そうよ。」と言ってしまったのです。
蛙はさっそくまだ熱いココナッツ油の鍋の中に飛び込みました!と、あまりの熱さに驚いて急いで鍋から飛び出ました。こうしてカエルは大やけどを負ってしまいました。キレイになるどころか、体中にたくさんのイボができ、前よりみにくい姿に…。「だから、話を最後まで聞いてと言ったのに」と言う孔雀の声を聞きながら、カエルは体を冷やすため池に飛び込みました。以来、カエルは孔雀の前に一度も姿を見せませんでした…。
可哀想なカエルですね。カエルがせっかちだったのか?それとも孔雀がのんびりすぎたのか?みなさんは、どう思いますか?まぁ、いずれにしても人の話は最後まで聞かなければいけませんね。