鼠が塩を引く
小さなことが積み重なって大きなことになるというたとえ。また、少しずつ減っていって、最後にはなくなってしまうこと。
ネズミが塩をこっそり取っていくのは少しずつだけれど、それを何度も繰り返しているうちに、いつの間にか大量になくなってしまうことから。
最近、節約に励んでいるので、いつか鼠が塩を引くことを願っている。
まだまだ動物にまつわる「ことわざ」は数え切れないほどあります。
そんな多くの「ことわざ」の中から、さらに選んでみました。
ここでは鼠(ねずみ)、蛇、兎(うさぎ)、象、猪、獅子(ライオン)、鹿、麒麟(きりん)にまつわるものを紹介しましょう。
小さなことが積み重なって大きなことになるというたとえ。また、少しずつ減っていって、最後にはなくなってしまうこと。
ネズミが塩をこっそり取っていくのは少しずつだけれど、それを何度も繰り返しているうちに、いつの間にか大量になくなってしまうことから。
最近、節約に励んでいるので、いつか鼠が塩を引くことを願っている。
絶体絶命の窮地に追いつめられても一生懸命やり返せば、弱い者が強い者に勝つこともあるということ。また相手が弱くても、逃げ道のないところに追いこんではいけないということ。
ネズミは猫に追い詰められると猫に噛みついて、おびえさせることもあることから。
悪ふざけがすぎると窮鼠、猫を噛むという状態になってしまう。
大騒ぎしたわりには、結果がたいしたことのないたとえ。
西洋のことわざが由来とされる。大きな山が鳴り響いて揺れ動くので何事かと思ったら、出てきたのはネズミが一匹だけだった、ということから。
一週間も準備したイベントだったが、参加者は三人。大山鳴動して鼠一匹だった。
あれこれ迷ったあげく、結局はもとのところに落ち着くこと。
日本の昔話から。ネズミの夫婦が娘を世界一の相手に嫁がせようと、太陽、雲、風、壁と訪ね歩いたが、最後は壁をかじるネズミが一番強いと分かり、同じネズミに嫁がせたという話から。
いろいろな会社を受けたけれど、結局は地元に就職した。鼠の嫁入りのようなものだ。
本当に実力のある者は、それをむやみに人に見せびらかさないということ。
ネズミを上手に捕る猫ほど、普段は爪を隠していて鋭さを見せないことから。「鳥にまつわることわざ」のページで紹介した「能ある鷹は爪を隠す」と同じ意味になる。
彼は普段おとなしいが、実は何カ国語も話せる。鼠捕る猫は爪を隠すだ。
恐ろしいものを前にして、身がすくんで動けなくなること。
天敵である猫に見つかったネズミが、逃げることもできず縮こまってしまうことから。「蛙にまつわることわざ」のページで紹介した「蛇に蛙」と同じような意味。
社長の前に立つと、いつも猫の前の鼠になってしまう。
家の中の物を盗む人のこと。身内の中にいる盗人のたとえ。
家の物がなくなるのはネズミのせいにされがちだが、実際は黒い髪をした人間が持ち出している、ということから。
冷蔵庫のプリンがなくなるのは、どうやら頭の黒い鼠のしわざらしい。
加害者は自分のしたことをすぐ忘れてしまうが、被害を受けた側はいつまでも忘れないということ。
ネズミは自分がかじった壁のことをすぐ忘れてしまうが、かじられた壁のほうは穴が残り、いつまでも忘れないことから。
本人は悪気なく言ったのだろうが、鼠壁を忘る、壁鼠を忘れずで、こちらはずっと覚えている。
どんなものにも、それなりの使い道があるということ。また、小さなものにも相応のものが備わっていること。
ネズミの細い尻尾のような小さなものでも、錐の鞘として使い道がある、ということから。
使い道がないと思っていた空き箱が意外に役立った。鼠の尾まで錐の鞘だ。
警備などが非常に厳しく、誰ひとり出入りできない様子。
小さなネズミ一匹でさえ通り抜けられないほど、すきまなく固められていることから。
要人が来るということで、会場周辺は鼠一匹通れない警備だった。
一度ひどい目にあうとそれに懲(こ)りてしまって、必要以上に用心深くなること。
一度蛇に噛まれた人は朽ちた縄を見ただけで蛇と思って、おびえることから。
雨の日に水たまりで滑って転んだことがあるので、水たまりを見るだけで蛇に噛まれて朽ち縄に怖じるになっている。
仲間がすることは、まわりの仲間にも簡単に分かってしまうこと。
大蛇の通り道を同じ蛇はとても簡単に見つけてしまうことから。
蛇の道は蛇と思ったので、旅慣れている彼におすすめスポットを聞いてみた。
余計な付け足しをして、かえって全体を台無しにしてしまうこと。
中国の『戦国策』にある故事から。蛇の絵を早く描く競争で、一番に描き終えた人が得意になって足まで描き足したところ、「蛇に足はない」と言われて負けてしまったという話から。
説明は十分だったのに、最後のひと言は蛇足だった。
余計なことをしたために、かえって災いを招いてしまうこと。
何もない藪をつつき回したせいで、中に潜んでいた蛇を追い出してしまうことから。略して「藪蛇(やぶへび)」とも言う。
確認のつもりで聞いたら、別のミスまで見つかってしまった。藪をつついて蛇を出すとはこのことだ。
優れた人物は、幼いころからすでに非凡なところがあるということ。
大蛇になる蛇は、まだ一寸ほどの小さなうちから人を呑み込むような気迫を持っている、ということから。「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」も同じような意味の「ことわざ」。
まだ小学生なのに大人顔負けの演奏をする。蛇は寸にして人を呑むだ。
はじめは勢いが盛んだったのに、終わりになるほど勢いがなくなってしまうこと。
頭は立派な竜なのに、尾のほうは蛇のように細く貧弱である、ということから。
大々的に始まった企画だったが、竜頭蛇尾に終わってしまった。
これから何が起こるのか予測できず、不安な様子。
からくり人形の見世物で、口上を述べる人が客の興味を引くために言った言葉が由来とされる。箱から鬼が出るか蛇が出るか分からない、という意味から。
初めての担当業務なので、鬼が出るか蛇が出るか見当もつかない。
物事に決着をつけず、中途半端な状態のまま苦しめること。
蛇を殺しきらずに半死半生のままにしておく、ということから。はっきりさせないまま相手を苦しめるたとえ。
合否の連絡がいつまでも来ないのは、蛇の生殺しのようでつらい。
量が少なすぎて、まったく物足りないこと。
大きな蛇が小さな蚊を一匹呑み込んでも、まるで腹の足しにならないことから。
大盛りを頼んだつもりが、蛇が蚊を呑んだようで全然足りなかった。
一番得意とする場所や分野で力を発揮することのたとえ。
うさぎが上手にスイスイ坂を登ることから。
元水泳選手の彼にとってプールは兎の登り坂のような場所だ。
同時に二つのことをしようとしても、両方とも成功しないたとえ。
二匹の兎を同時に捕まえようと追いかけても、結局一匹も捕まえられないことから。
ブログを二つ書いているけれど、結局二兎を追う者は一兎をも得ずとなっている。
古いやり方や過去の成功にこだわって、いつまでも融通のきかないこと。
中国の『韓非子』にある故事から。切り株に兎がぶつかって死んだのをたまたま手に入れた農夫が、それ以来、畑仕事もせずに切り株の前で兎が来るのを待ち続けたという話から。「守株(しゅしゅ)」とも言う。
一度ヒットした商品にすがるだけでは、株を守りて兎を待つようなものだ。
非常にすばやく行動することのたとえ。
逃げ出した兎が、目にもとまらぬ速さで走り去ることから。中国の『孫子』にある「始めは処女のごとく、後は脱兎のごとし」という言葉が由来とされる。
雨が降りはじめたとたん、彼は脱兎のごとく駆け出していった。
思いがけない幸運が舞い込むこと。
兎を捕まえるために仕掛けた罠に、もっと価値のある狐がかかっていたことから。
ちょっと手伝っただけなのに大きな契約につながった。兎の罠に狐がかかるようなものだ。
油断をして、しなくてもいい失敗をすること。
イソップ童話の「兎と亀」から生まれた言葉。足の速い兎が、亀に勝てると油断して昼寝をしているうちに追い抜かれてしまったという話から。
優勝候補が一回戦で敗れた。まさに兎の昼寝だ。
人の話や、うわさを聞きつけるのが早いこと。地獄耳。
兎の長い耳は小さな物音もよく聞き取れることから。
彼女は兎の耳で、社内のうわさは何でも知っている。
利用価値がなくなると、用済みとして捨てられてしまうこと。
中国の『史記』にある故事から。狩りで兎を捕り尽くしてしまうと、もう必要がなくなった猟犬は煮て食べられてしまう、ということから。「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹らる」とも言う。
会社に尽くしてきたのに突然の異動。兎死して狗烹らるという気分だ。
いくら言って聞かせても、まったく効き目がないこと。
兎にありがたい祭文を読んで聞かせても、その意味が分からないことから。「馬の耳に念仏」「犬に論語」「猫に小判」と同じような意味の「ことわざ」。
何度注意しても直らない。兎に祭文とはこのことだ。
事が起きてから対応しても、決して遅くはないということ。
兎の姿を見てから猟犬を放っても、十分に間に合うことから。「羊を失いて牢を補う」と同じように、手遅れに見えても対処する価値はあるという意味で使われる。
気づいた時点で手を打てばいい。兎を見て犬を放つと言うではないか。
全体を見ないで一部だけを見て、的外れな評価をすること。
数人がそれぞれ象の一部分だけに触れ、その感触だけで象の全体を言い当てたつもりになる、という昔話から。
衆盲、象を模すように彼は彼女をよく知らないにもかかわらず、好き勝手なことを言う。
物の一部だけを見て、全体を把握すること。
牙を見ると、だいたいどのくらいの大きさの象なのかを把握できることから。
彼の服を見ればまさに象の牙を見て、その大なるを知るだ。どれだけ大柄かが分かる。
全体を見ないで一部だけで判断し、見当違いな評価をすること。
インドの仏教説話から。目の見えない人たちが象のそれぞれ違う部分に触れ、鼻に触れた人は「蛇のようだ」、足に触れた人は「柱のようだ」と言い張ったという話から。既存の「衆盲、象を模す」と同じ説話をもとにした言い方で、「群盲、象を評す」とも言う。
一部の数字だけを見て結論を出すのは、群盲、象を撫ずというものだ。
財産や才能を持っていることが、かえって身を滅ぼす原因になるということ。
中国の『春秋左氏伝』から。象は立派な牙を持っているために人間に狙われ、命を落としてしまう、ということから。
目立ちすぎて敵をつくってしまった。象歯、焚身すとはこのことだ。
大人物は、つまらない小さなことにかかわらないということ。
巨大な象は、兎が通るような細い小道には入っていかない、ということから。
ささいな口論には加わらない。大象、兎径に遊ばずというところだろう。
小さく弱い者でも、数を頼みに力を合わせれば、大きな相手を打ち負かせるということ。
一匹では何もできない蟻も、大群で襲えば巨大な象を倒してしまうこともある、ということから。
小さな店が集まって大型店に対抗した。象を蟻が倒すような結果になった。
入れ物より中身が大きいことはありえないということ。話を大げさに言うのも程々にしておくべきだ、という戒めでもあります。
猪がいくら大きくても、山より大きいということはありえないことから。
いくら何でも言いすぎでしょう?山より大きな猪は出ないと思う。
変わらないように見えても、長い年月の間には、それなりに変化のあることのたとえ。
豕は家畜化した豚のこと。野生の猪も人に飼われて世代を重ねていくと、やがて豚のように変わっていくことから。「七代」は正確な世代数ではなく、長い年月をあらわしています。
猪も七代目には豕になるのだから子供の教育は長い目で見ることが大切。
目標に向かって、まわりを気にせずまっしぐらに突き進むこと。向こう見ずに突っ走ること。
猪が一直線に突進し、途中で方向を変えられないと言われていることから。勢いをほめる意味でも、無鉄砲さをいさめる意味でも使われる。
彼は一度決めたら猪突猛進で、誰が止めても聞かない。
まわりの状況も考えず、むやみに突き進むだけの人のこと。
戦場で、作戦も考えずに猪のように敵陣へ突っ込んでいく武者のことから。勇ましいが思慮に欠ける人のたとえとして使われる。
勢いはあるが作戦がない。あれではただの猪武者だ。
母親が食べたものが、生まれてくる子に影響するということ。また、環境や行いが子に受け継がれるというたとえ。
妊娠中に猪の肉を食べると、その子も猪のような気性になるという古い言い伝えから。
父も母もせっかちだから、私もこうなのだろう。猪を食って、生まれた子は猪になるというわけだ。
まだ手に入れてもいないものを、あてにして計画を立てること。
捕まえてもいない猪に、売値をつけて勘定することから。狸のページで紹介した「捕らぬ狸の皮算用」と同じような意味の「ことわざ」。
当選したつもりで使い道を考えるなんて、猪も買わぬに値を付けるようなものだ。
組織などの内部にいながら悪い影響を与える人や恩をあだで返す人のたとえ。
ライオンの体内に寄生している虫が、ついには獅子をほろぼしてしまうということから。
獅子身中の虫にどう対処していくかが、これからの課題だ。
自分の子供に試練を与え、その才能を試すこと。
ライオンは自分の子供を深い谷底に落として、はい上がってきた強い子だけを育てるという言い伝えから。
彼女は過保護すぎるから、ときには獅子の子落としをしなければならない。
獅子が暴れまわるように、激しい勢いで物事に取り組むこと。
もとは仏教の言葉で、獅子が荒々しく奮い立つ様子をあらわしたもの。「獅子奮迅の働き」という形でよく使われる。
彼は最終日に獅子奮迅の働きを見せ、ノルマを達成した。
力の強い者が、取り分の大半を独り占めしてしまうこと。
イソップ童話から。獅子がほかの動物と協力して獲物を捕ったのに、あれこれ理由をつけて結局すべてを自分のものにしてしまったという話から。
共同で進めた仕事なのに、手柄は獅子の分け前になってしまった。
強い者ほど、どんな小さな相手や簡単な仕事にも手を抜かず全力で取り組むということ。
百獣の王である獅子が、小さな兎ひとつ捕らえるのにも本気で向かっていくことから。
どんな依頼でも手を抜かない。獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす、だ。
力強く、堂々と自分の意見を述べること。熱弁をふるうこと。
仏教の言葉で、獅子が吼えるとほかの獣が恐れ従うように、釈迦の説法が人々を導いたことをたとえたものから。
彼女は壇上で三十分にわたり獅子吼し、会場を圧倒した。
強い者が、怒りや悔しさをこらえている様子。
獅子が牙を噛みしめて怒りをあらわす様子から。
判定に納得がいかず、監督は獅子の歯噛みで耐えていた。
権力をもつ者などが、たとえ間違ったことでも正しいと押し通すこと。
中国の『史記』にある故事から。秦の趙高(ちょうこう)が、自分の権勢を試すために鹿を馬だと言い張って皇帝に献上し、臣下たちは趙高を恐れて「馬です」と答えたといいます。
彼は会議中ずっと馬を鹿に通すような発言ばかりしていた。
一つのことに夢中になっている人は、まわりを見る余裕がないということ。また、目の前の利益を得ることに熱中して道理をうしなってしまうこと。
鹿を追って山に入った人が、その鹿を仕留めることだけに一生懸命になり、そこがキケンな場所であっても全然気に留めなくなることから。
彼は休日の早朝に機械で庭の草刈りをし、鹿を追う者は山を見ずとなっていた。
間違ったことを、権力で無理やり正しいと認めさせること。また、人を欺いて思いどおりに従わせること。
中国の『史記』にある故事から。秦の趙高が鹿を馬だと言い張り、逆らう者を見分けて排除したという話から。既存の「馬を鹿に通す」と同じ故事をもとにした言い方で、「指鹿為馬(しろくいば)」とも言う。
上司の言うことがすべて正しいとされる職場では、鹿を指して馬となすようなことが起こる。
大きな目的に向かっている人は、小さな利益には目もくれないということ。
獲物として価値の高い鹿を追っている猟師は、途中で兎を見かけても見向きもしない、ということから。
彼は目先の仕事には興味がないようだ。鹿を逐う者は兎を顧みずというところだろう。
帝位や政権をめぐって争うこと。また、大きな目標をめぐって競い合うこと。
中国の『史記』から。「中原」は中国の中心地、「鹿」は帝位のたとえで、天下を争うことをあらわしたことから。
三社が一斉に新製品を発表し、まさに中原に鹿を逐う状況となった。
まったく違うものを、わざと取り違えること。または、物事の道理が通らないこと。
「鹿を指して馬となす」を短く言った形。事実をねじ曲げるたとえとして使われる。
証拠があるのに認めないとは、鹿を馬のたぐいだ。
恋に心を奪われて、自ら危険に近づいてしまうことのたとえ。また、弱みにつけ込まれやすいこと。
秋の繁殖期の鹿は、仲間を呼ぶ鳴き声に似せた猟師の鹿笛に誘われ、捕らえられてしまうことから。
甘い話にすぐ飛びつくのは危ない。秋の鹿は笛に寄ると言うではないか。
何の手ごたえもなく、まったく効き目がないこと。
硬い鹿の角を蜂が刺しても、痛くも痒くもないことから。「蛙の面に水」「馬の耳に念仏」と同じような意味の「ことわざ」。
何度注意しても鹿の角を蜂が刺すようで、まるで響いていない。
優れた人も年齢を重ねると、普通の人に劣るようになるということ。
ここでいう「麒麟(騏驎)」は動物のキリンではなく、一日に千里を走るとされる名馬のこと。その名馬も年をとれば、足の遅い馬にも及ばなくなることから。
昔私は腕利きの職人だったけれど、老いては麒麟も駑馬に劣るとはこのことだ。
学問を志す人は多いけれど、その学問がきちんと身につく人は少ないということ。
牛の毛は数えきれないほど多いのに対し、「麟角」は伝説上の霊獣である麒麟の角で、めったに見られないことから。
この分野に関して、学は牛毛のごとく、成るは麟角(りんかく)のごとしと言われている。
才能や将来性に恵まれた、優れた子供のこと。神童。
「麒麟」は中国の伝説上の霊獣で、聖人が世に現れるときに姿を見せるとされた。そのめでたい獣になぞらえて、並はずれた才能を持つ子をこう呼ぶようになった。
彼は幼いころから麒麟児と呼ばれ、まわりの期待を一身に集めていた。
優れた人物でも、時には失敗をすることがあるということ。
一日に千里を走るとされる名馬「騏驎(きりん)」でも、つまずくことがある、ということから。「猿も木から落ちる」「弘法にも筆の誤り」と同じような意味の「ことわざ」。
あの名人が初歩的なミスをするとは、麒麟の躓きというものだろう。
きわめて珍しく、めったに手に入らない貴重なもののこと。
「麟角」は麒麟の角、「鳳觜」は鳳凰のくちばしのこと。どちらも伝説上の生き物の一部で、実際には見ることができないほど希少であることから。
この資料は麟角鳳觜ともいうべき貴重なものだ。
優れた人物は、年をとっても力量が衰えないということ。
名馬「騏驎」は年老いても、なお千里を駆ける力を持っている、ということから。既存の「老いては麒麟も駑馬に劣る」とは逆の意味になる。
七十歳を過ぎても現役で活躍している。麒麟は老いても千里を走るだ。