一寸の虫にも五分の魂
どんなに小さく弱い者にも、それ相応の意地や誇りがあるということ。侮ってはいけないという戒め。
わずか一寸(約3センチ)ほどの虫にも、その半分にあたる五分の魂が宿っている、ということに由来しています。
小柄だからと甘く見ていたら、思わぬ反撃を受けました。一寸の虫にも五分の魂ですね。
小さくて身近な虫たち。好きな人もいれば、苦手な人もいるでしょう。ですが「ことわざ」の世界では、虫は大活躍なんですよ。小さいからこそ弱さのたとえになったり、働き者の象徴になったり…。ここでは虫にまつわる「ことわざ」を紹介していくことにしましょう。
どんなに小さく弱い者にも、それ相応の意地や誇りがあるということ。侮ってはいけないという戒め。
わずか一寸(約3センチ)ほどの虫にも、その半分にあたる五分の魂が宿っている、ということに由来しています。
小柄だからと甘く見ていたら、思わぬ反撃を受けました。一寸の虫にも五分の魂ですね。
人の好みはさまざまで、他人には理解できないこともあるということ。
蓼という植物は非常に辛く苦い草ですが、それを好んで食べる虫もいることに由来しています。
あんな変わった趣味をと思いますが、蓼食う虫も好き好きですからね。
自分から進んで危険に飛び込み、災いを招くこと。
夏の夜、虫が明かりに誘われて、火の中に飛び込んで焼け死んでしまうことに由来しています。
怒っている人のところへ謝りに行くなんて、飛んで火に入る夏の虫ですよ。
ほんのわずかな油断や手抜かりが、大きな失敗につながるということ。
中国の『韓非子』に由来しています。蟻が開けたような小さな穴がもとで、立派な堤防も崩れてしまう、ということですね。
小さな確認漏れが大問題になりました。蟻の穴から堤も崩れる、です。
警備などが非常に厳重で、まったく逃げ場がないこと。
小さな蟻さえ通り抜けられないほど、すきまなく固められていることに由来しています。
要人が来るということで、会場は蟻の這い出る隙もない警備でした。
自分の力をわきまえず、強い相手に立ち向かう無謀さのたとえ。
中国の故事に由来しています。カマキリが前足を振り上げて、進んでくる車に立ち向かおうとしたという話から生まれました。
あの大企業に一人で挑むなんて、蟷螂の斧というものでしょう。
何となく悪いことが起こりそうな予感がすること。
昔、人の体の中には「三尸(さんし)の虫」という虫がいて、その虫が人の心や体に影響を与えると信じられていたことに由来しています。
虫の知らせでしょうか、急に実家が気になって電話をしました。
不運が重なること。困っているところへ、さらに悪いことが起こること。
泣いて腫れた顔を、さらに蜂が刺すという、踏んだり蹴ったりの状況に由来しています。
遅刻した上に財布も落として、泣きっ面に蜂でした。
大勢の人が大騒ぎして、収拾がつかなくなる様子。
蜂の巣をつつくと、中から大量の蜂が一斉に飛び出してくることに由来しています。
その知らせが届いた途端、職場は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。
苦労して勉学に励み、成果をあげること。
中国の故事に由来しています。貧しくて灯火の油が買えなかった二人の若者が、一人は蛍の光で、一人は雪明かりで本を読んで勉強し、立派に出世したという話から生まれました。卒業式でおなじみの「蛍の光」も、ここから来ているんですよ。くわしくは、このページの虫にまつわる伝説(昔話)で紹介しています。
苦学して資格を取りました。まさに蛍雪の功です。
二つのものを同時に手に入れようとして、結局どちらも失うこと。
虻と蜂の両方を捕まえようとして、どちらも逃がしてしまうことに由来しています。「二兎を追う者は一兎をも得ず」と同じような意味ですね。
欲張って両方に手を出した結果、虻蜂取らずに終わりました。
取るに足らない、つまらないことで争うこと。
中国の『荘子』に由来しています。カタツムリの左右の角の上にそれぞれ国があり、互いに争っていたという寓話から生まれました。
はたから見れば蝸牛角上の争いですが、本人たちは真剣なのです。
か細くて、聞き取れないほど小さな声のこと。
蚊の羽音がごくかすかであることに由来しています。
緊張のあまり、蚊の鳴くような声で自己紹介をしました。
見識の狭い者が、自分の知らないことをばかにすること。
中国の『荘子』に由来しています。夏にしか生きられない虫は氷の存在を知らないため、氷の話を聞いても信じずに笑ってしまう、ということですね。
経験のない人ほど批判したがるものです。夏の虫氷を笑う、でしょう。
妻のほうが夫よりも体の大きい夫婦のこと。
蚤は、雌のほうが雄より体が大きいことに由来しています。
うちは蚤の夫婦で、妻のほうが背が高いんですよ。
大勢の人が、四方八方へ一斉に逃げ出す様子。
蜘蛛の卵嚢(らんのう)を破ると、中から無数の子蜘蛛が一斉に散っていくことに由来しています。
先生の姿が見えた途端、子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。
ひとくちに虫と言っても、その範囲はとても広いですよね。生物学的には、昆虫は節足動物門の昆虫綱に分類され、体が頭・胸・腹の三つに分かれ、六本の脚を持つのが特徴です。この定義でいくと、脚が八本の蜘蛛や、たくさんの脚を持つムカデは昆虫ではないことになります。ただ、日本語の「虫」はもっと広く、小さな生き物全般を指す言葉として使われてきました。「ことわざ」に出てくる虫も、蜘蛛やカタツムリ、虱まで含まれているのはそのためですね。現在100万種を超える昆虫が確認されていて、地球上の生物種のうち半分以上を占めると言われています。これほど繁栄した理由の一つが、空を飛べるようになったことでした。
虫の体は小さいぶん、驚くような能力を備えています。蟻は自分の体重の数十倍の荷物を運びますし、蜜蜂は仲間に花の場所をダンスで伝えることができます。蝉のように地中で何年も過ごしてから、地上でわずかな期間だけ鳴いて一生を終えるものもいますね。日本人は昔から、こうした虫の営みに季節の移ろいを感じ取ってきました。秋に鳴く虫の声を楽しむ文化は、世界的に見てもめずらしいものなんですよ。「虫の知らせ」などのように、人の心の動きまで虫にたとえてきたことからも、どれだけ身近な存在だったかが分かりますね。
虫が登場するお話はたくさんありますが、ここでは中国に古くから伝わる「蛍雪の功」のもとになった二人の若者の物語を紹介することにしましょう。勉強にまつわる「ことわざ」として、日本でもよく知られているお話です。
昔々、中国に車胤(しゃいん)という若者がいました。学問が好きで、夜も本を読んで勉強したいと思っていましたが、家がとても貧しく、灯火に使う油を買うことができません。日が暮れてしまえば、本の字はまったく見えなくなってしまいます。どうしたものかと悩んでいたある夏の夜、車胤は庭に光るものを見つけました。蛍です。
「そうだ、この光を集めればいいのではないか」車胤はさっそく薄い絹の袋をつくり、そこへ蛍を何十匹と集めました。袋ごしにぼんやりと浮かび上がる光は、たしかに文字を照らすのに十分だったのです。こうして彼は、毎晩その光で本を読み続けました。
同じころ、孫康(そんこう)という若者もいました。彼もまた貧しく、油を買うことができません。けれど冬のある夜、窓の外に積もった雪が月明かりを反射して、あたりがほのかに明るいことに気づきました。「これなら読める」孫康は凍えるような寒さのなか、雪明かりを頼りに本を広げたのです。そして二人はやがて、それぞれ立派な役人となって世に出ました。
苦労して学問に励んだ成果を「蛍雪の功」と呼ぶのは、この二人の物語から来ているんですね。日本の卒業式でおなじみの「蛍の光」という歌も、実はこの故事をふまえてつくられたものなんですよ。「蛍の光、窓の雪」という歌い出しに、二人の姿がそのまま残されているというわけです。