元の木阿弥(もくあみ)
いったんよくなったものが、もとの状態に戻ってしまうこと。
戦国時代の逸話に由来するとされています。ある武将が亡くなったとき、それを隠すために声の似た木阿弥という男を影武者に立てました。やがて事実が公表され、木阿弥はもとの身分に戻された——という話ですね。
芝居の題材としてたびたび演じられたことで、広く知られるようになったと言われています。
「板につく」「十八番」「黒幕」。どれも何気なく使っている言葉ですが、実は芝居の世界から生まれたってご存じでしたか?江戸時代、歌舞伎は庶民にとって最大の娯楽でした。その舞台裏の言葉が、今も私たちの会話に生きているんですよ。ここでは、そんな言葉を紹介していくことにしましょう。

いったんよくなったものが、もとの状態に戻ってしまうこと。
戦国時代の逸話に由来するとされています。ある武将が亡くなったとき、それを隠すために声の似た木阿弥という男を影武者に立てました。やがて事実が公表され、木阿弥はもとの身分に戻された——という話ですね。
芝居の題材としてたびたび演じられたことで、広く知られるようになったと言われています。
評判ばかりが立派で、中身がともなわないこと。
芝居小屋の看板は立派なのに、中身はたいしたことがない——そんな様子に由来しています。「羊頭狗肉」と同じような意味の言葉ですね。
身につけた芸が、いざというときに暮らしを支えてくれるということ。
芸事を身につけておけば、困ったときに役立つという教えです。もとは「芸は身を助くるほどの不仕合わせ」という形で、芸で食べていかねばならないほど落ちぶれた、という自嘲の句だったという説もあるんですよ。
芸にのめり込みすぎて、かえって身を持ち崩すこと。
「芸は身を助く」と正反対の言葉ですね。どちらも真実というのが、面白いところです。
下手なのに、その芸事がとても好きなこと。
腕前と情熱が釣り合っていない様子をあらわします。芸事の世界から広く使われるようになった言葉ですね。
好きなことは熱心に取り組むので、自然に上達するということ。
こちらは「下手の横好き」と対になる言葉です。同じ「好き」でも、結果が正反対になるのが面白いですね。
昔のことをよく学んで、今に活かすということ。
『古事記』の序文にある言葉で、芸事の「稽古」という言葉の語源とされています。ただ繰り返し練習することではなく、古(いにしえ)を考えるのが本来の意味だったんですね。
ここからは少し趣向を変えましょう。「ことわざ」ではありませんが、芝居に由来する言葉は驚くほどたくさんあるんですよ。むしろ、こちらのほうが日常でよく使われているかもしれませんね。
経験を積んで、仕事や態度がその人にぴったり合うようになること。
「板」とは、芝居の舞台のことです。役者が舞台に慣れて、演技が自然に見えるようになることに由来しています。新人のころのぎこちなさが取れて、堂々と見えるようになる——そんな様子ですね。
その人がもっとも得意とする芸や技のこと。
歌舞伎の市川團十郎家が、得意とする十八の演目を定めて「歌舞伎十八番」としたことに由来しています。なぜ「おはこ」と読むのかには諸説あり、大事な台本を箱に入れて保管したから、という説が知られていますね。
二枚目は美男子、三枚目は滑稽な役回りの人。
江戸時代の芝居小屋では、入り口に役者の名前を書いた看板を並べていました。その二枚目に美男役、三枚目にこっけいな役を演じる役者の名を掲げたことに由来しています。一枚目は主役、四枚目は中軸となる役者、といった具合に決まっていたんですよ。
「役者が一枚上」という言い方も、この看板の順番から来ています。
表に出ずに、裏で指図する人のこと。
歌舞伎では、場面を転換するときや夜の場面をあらわすときに、黒い幕を使いました。その陰で舞台を操る——そこから、裏で動く人物を指すようになったんですね。
表に出ずに、人を助ける役割のこと。
歌舞伎で、黒い衣装を着て役者の手伝いをする人のことです。観客からは「見えないもの」という約束事になっているんですよ。
表に出ずに、陰で支える人のこと。
舞台の裏で働く人たちのことです。大道具、小道具、衣装、照明——華やかな舞台は、この人たちなしには成り立ちませんよね。
華々しく活躍する場面、晴れがましい引退のこと。
歌舞伎の舞台から客席を貫いて設けられた通路のことですね。役者がここを通って登場・退場します。観客のすぐそばを通りますから、見せ場でもあったわけです。「花道を飾る」「花道を歩む」といった使い方をしますね。
自分の腕前を披露する、晴れがましい場所のこと。
格式の高い劇場の舞台は、檜の板で作られていました。誰もが立てるわけではない特別な場所だったんですね。
ここぞという大事な場面のこと。
歌舞伎で、主人公が本来の姿や本心をあらわす重要な場面を「性根場(しょうねば)」と言いました。それが仏教の「正念」と結びついて、今の形になったとされています。
物事が最後にひっくり返ること。
歌舞伎の舞台装置で、背景をぱたんと倒して場面を一変させる仕掛けを「どんでん返し」と言いました。太鼓や鳴り物の音から名づけられたとも言われています。
物事の最終段階のこと。
歌舞伎では、一日の興行の最後の幕を「大詰」と呼びました。今では「交渉も大詰めを迎えた」といった使い方をしますよね。「幕が開く」「幕を閉じる」「幕引き」なども、同じく舞台の幕に由来しています。
演技の下手な役者のこと。
由来には諸説あります。大根は消化がよく「当たらない」ことから、芝居が当たらない役者を指したという説。素人を意味する「大根」から来たという説。白塗りの顔を大根に見立てたという説などですね。
その人の得意なことを、ほかの人がやってのけること。
「株」とは、その人だけに許された特権や芸のこと。江戸時代には「株」という権利が売買されていましたから、芝居の世界にも当てはまったんですね。
内輪にしか分からない話で、外の人には通じないこと。
楽屋とは、役者が準備をする部屋のこと。そこでの内輪話をそのまま舞台でやっても、客には分からないということですね。
悲しみに暮れる場面のこと。
芝居で、登場人物が嘆き悲しむ場面を指す言葉です。今では「愁嘆場を演じる」といった使い方をしますね。
こうして並べてみると、驚くほどたくさんの言葉が芝居から生まれていると分かります。では、なぜこれほど多いのでしょう。
理由ははっきりしています。歌舞伎が、庶民にとって最大の娯楽だったからです。
江戸時代、芝居小屋は人でごった返していました。朝から晩まで続く興行を、弁当を広げながら一日がかりで楽しむ——今でいう映画やテレビ、スポーツ観戦を全部合わせたような存在だったんですね。
人気役者は、今で言うスターです。その所作を真似したり、台詞を口にしたりするのが流行しました。そうなれば、芝居の世界の言葉が日常に流れ込んでくるのも当然ですよね。
しかも歌舞伎は、庶民の暮らしをそのまま題材にした演目も多くありました。舞台と客席の距離が近かったからこそ、言葉も行き来しやすかったのでしょう。
江戸の庶民文化については「ことわざの歴史」のページでも触れていますので、あわせてご覧ください。
ここで一つ、面白い点に触れておきましょう。
芝居由来の言葉はこれだけたくさんあるのに、「ことわざ」と呼べるものは意外に少ないんですよ。「武士の時代に生まれたことわざ」や「職人の仕事から生まれたことわざ」と比べても、その差ははっきりしています。
なぜでしょう。
おそらく、芝居の言葉には教訓がないからです。「ことわざ」は、暮らしの知恵や戒めを伝えるために生まれました。ところが芝居から来た言葉の多くは、舞台の仕組みや役者の役割を指すものばかり。「黒幕」も「板につく」も、何かを教えてはいませんよね。
言い換えれば、芝居の言葉は便利な名前として広まったということです。表に出ない人を一言であらわしたい——そんなとき「黒幕」はぴったりの言葉でした。教訓ではなく、呼び名として重宝されたんですね。
「ことわざ」と慣用句の違いについては「ことわざ・慣用句・四字熟語・故事成語の違い」のページで詳しく説明していますので、あわせてご覧ください。
面白いのは、もとの意味を知らなくても通じるということです。
「黒幕」と言うとき、歌舞伎の黒い幕を思い浮かべる人はいませんよね。「十八番」も「二枚目」も、由来を知らずに使っている方がほとんどでしょう。
これは、職人や武士の言葉と同じ現象です。「しのぎを削る」も「紺屋の白袴」も、もとの世界が遠くなっても、言葉だけはしっかり生き残っていますよね。
言葉というのは、生まれた場所を離れても旅を続けるものなのでしょう。
今度、何気なく「板についてきたね」と言う機会があったら、江戸の芝居小屋の舞台をちょっと想像してみてください。緊張していた若い役者が、だんだん堂々と見えてくる——そんな光景が、この一言には込められているのですから。