豚に真珠
価値の分からない人に、どんなに立派なものを与えても無駄だということ。
新約聖書の言葉に由来しています。豚に真珠を投げ与えても、その値打ちは分からないということですね。「猫のことわざ」のページで紹介している「猫に小判」と同じ意味の「ことわざ」です。
骨董に興味のない人に茶碗を贈っても、豚に真珠でしょうね。
食卓でおなじみの豚と、昔話で恐れられてきた狼。ずいぶん違う二頭ですが、実はどちらも「ことわざ」では脇役に回ることが多いんですよ。豚はどこか愚かな役を、狼は恐ろしい役を引き受けてきました。ここでは、そんな豚と狼にまつわる「ことわざ」を1ページにまとめてみました。
価値の分からない人に、どんなに立派なものを与えても無駄だということ。
新約聖書の言葉に由来しています。豚に真珠を投げ与えても、その値打ちは分からないということですね。「猫のことわざ」のページで紹介している「猫に小判」と同じ意味の「ことわざ」です。
骨董に興味のない人に茶碗を贈っても、豚に真珠でしょうね。
能力のない者でも、おだてられるとその気になって、思わぬ力を発揮するということ。
木に登れるはずのない豚でさえ、ほめられれば登ってしまう、ということに由来しています。比較的新しい言い回しで、テレビアニメをきっかけに広まったとも言われています。
ほめたら張り切って全部やってくれました。豚もおだてりゃ木に登る、ですね。
世間知らずで、自分だけが得意がっていること。
中国の『後漢書』に由来しています。遼東の人が、頭の白い豚が生まれたのを珍しがって献上しようとしたところ、都へ行ってみると白い豚など当たり前にいて、恥をかいて帰ったという話から生まれました。「豕」とは豚のことです。
得意げに話したら誰もが知っていました。遼東の豕とはこのことです。
大きな悪事をはたらきながら、わずかな善行で罪をごまかそうとすること。
盗んだ豚の肉は自分のものにして、残った骨だけを人に施す、ということに由来しています。
あれだけのことをして寄付一つで帳消しとは、豚を盗んで骨を施すようなものです。
話して聞かせても、理解できない相手には何の効き目もないということ。
ありがたいお経も、豚や猫には通じないということに由来しています。「馬のことわざ」のページで紹介している「馬の耳に念仏」と同じような意味ですね。
何度説明しても、豚に念仏、猫に経でした。
くわしくは「その他の動物のことわざ」のページをご覧ください。野生の猪も、長い年月のあいだに家畜の豚へと変わっていくという「ことわざ」です。
おとなしそうな外見をしているが、実は恐ろしい本性を隠している人のこと。
聖書に出てくる言葉に由来しています。羊の群れに紛れ込むために、狼が羊の皮をかぶるという話から生まれました。「羊のことわざ」のページでも紹介しています。
優しそうに見えましたが、羊の皮をかぶった狼だったようです。
くわしくは「虎のことわざ」のページをご覧ください。一つの災いを防いだところに、また別の災いが降りかかるという「ことわざ」です。
残忍な者が、うわべだけ情け深そうに見せかけること。
恐ろしい狼が、僧侶の着る衣をまとっている姿に由来しています。見かけと中身が正反対だということですね。
急に親切になりましたが、狼に衣という気がしてなりません。
親切なふりをして近づき、すきを見て害を加えようとする者のこと。
夜道を歩く人のあとを、狼がどこまでもついてくるという言い伝えに由来しています。転んだりすると襲われると言われ、たいへん恐れられていました。
親切そうに見えても、送り狼には気をつけたほうがいいですよ。
生まれ持った性質は、どうやっても変わらないということ。
どんなに育て方を変えても、狼の子はやはり狼になるということに由来しています。「蛙のことわざ」のページで紹介している「蛙の子は蛙」と似ていますが、こちらは悪い性質について言うことが多い「ことわざ」です。
あれだけ目をかけたのに裏切られました。狼の子は狼、ですね。
悪賢い者同士が組むこと。どちらも油断ならない相手であること。
荒々しい狼と、ずる賢い狐が手を組むということに由来しています。「狐のことわざ」のページで紹介している「狐と狸の化かし合い」とは違い、こちらは組んで悪事をはたらく場合に使われます。
あの二人が手を組むとは、狼に狐というところでしょう。
一つの危険から逃れたと思ったら、また別の危険に出くわすこと。
虎の口から命からがら逃げ出したのに、今度は狼の巣穴に飛び込んでしまう、ということに由来しています。「前門の虎、後門の狼」と同じような意味ですね。
渋滞を避けて裏道に入ったら今度は工事で通行止め。虎口を逃れて狼穴に入る、でした。
まずは豚から見ていきましょう。豚はイノシシ科の動物で、野生の猪を家畜化したものです。その歴史は古く、今から9000年ほど前には飼われていたとされています。「ことわざ」では愚かな役回りが多い豚ですが、実際はとても賢い動物なんですよ。知能は犬を上回るとも言われ、自分の名前を覚えたり、鏡に映った像を理解したりすることもできます。「豚もおだてりゃ木に登る」どころか、おだてなくてもいろいろなことを覚えてしまうんですね。
また、豚は汚い動物だと思われがちですが、これも誤解です。豚は汗をかくことができないため、体を冷やそうとして泥に入ります。泥浴びは体温調節と、虫よけのための行動なんですね。本来はきれい好きで、寝る場所と排泄する場所をきちんと分ける習性があります。日本では長く仏教の影響で肉食が避けられてきたため、豚の飼育が広まったのは明治以降のこと。「ことわざ」のほとんどが中国や西洋から伝わったものなのは、そのためなんですよ。
一方の狼は、イヌ科の動物です。かつては日本にもニホンオオカミとエゾオオカミが生息していましたが、どちらも明治時代に絶滅してしまいました。今では日本で野生の狼を見ることはできません。狼は家族単位の群れをつくり、強い絆で結ばれて暮らします。獲物を追うときも役割を分担し、見事な連携を見せます。「送り狼」のように人を襲う恐ろしい存在として語られてきましたが、実際には人を避けて暮らす臆病な一面もあります。
面白いのは、日本では狼が必ずしも悪者ではなかったことです。「大神(おおかみ)」の字をあてて、山の神の使いとする信仰が各地にありました。畑を荒らす鹿や猪を退治してくれる、ありがたい存在だったんですね。秩父の三峯神社など、今も狼を祀る神社が残っています。「ことわざ」に出てくる狼が恐ろしい役ばかりなのは、西洋から入ってきた言葉が多いためかもしれません。
豚と狼がそろって登場する昔話といえば、やはり「三匹の子豚」でしょう。イギリスに古くから伝わるお話です。
昔々、三匹の子豚の兄弟がいました。大きくなったので、それぞれ自分の家を建てて独り立ちすることになりました。
一番上の兄さん豚は、わらで家を建てました。「わらなら軽いし、あっという間にできるぞ」次の兄さん豚は、木の枝を集めて家を建てました。「これならわらより丈夫だ」けれど一番下の弟豚だけは違いました。来る日も来る日もれんがを積み、汗だくになって家を建てたのです。兄さんたちは笑いました。「そんなに苦労しなくてもいいのに」
ある日、恐ろしい狼がやってきました。まずはわらの家です。「開けろ、開けないと吹き飛ばすぞ!」狼がふうっと息を吹きかけると、わらの家はあっけなく吹き飛んでしまいました。兄さん豚は命からがら、次の兄さんの家へ逃げ込みます。
ところが木の枝の家も同じでした。狼がふうっ、ふうっと息を吹くと、ばらばらに壊れてしまったのです。二匹はあわてて、弟のれんがの家へと走りました。
さて、れんがの家です。狼は力いっぱい息を吹きかけました。ふうっ、ふうっ、ふうううっ。けれど、びくともしません。何度やっても壊れないので、とうとう狼は息が切れてしまいました。
それでもあきらめない狼は、屋根に登って煙突から入ることにしました。ところが弟豚は、ちゃんと気づいていたのです。暖炉には、ぐらぐらと煮え立った大鍋がかけてありました。煙突を滑り降りてきた狼は、そのまま鍋の中へまっさかさま。あわてて飛び出すと、二度と戻ってこなかったということです。
こつこつと手間をかけた者が、最後には身を守ることができる——そんな教訓が込められたお話ですね。ちなみに、この物語には結末の違ういくつかの形があります。兄さん豚たちが食べられてしまうもの、最後に三匹そろって助かるもの、狼が逃げていくだけのもの…。子ども向けには、やさしい結末で語られることが多いようです。みなさんが子どものころに聞いたのは、どの結末だったでしょうか?