ことわざ動物園

なぜ人はそうしてしまう?ことわざと人の心(後編)

前回は動物の「ことわざ」から、人の心の動きをのぞいてみました。今回は動物の出てこない言葉を取り上げてみましょう。つらかったことを忘れてしまう。やめたほうがいいと分かっていても続けてしまう。そんな覚えはありませんか? 実はどれも、昔から「ことわざ」に言い当てられてきたことなんですよ。やはりここでも、昔の人の観察眼には驚かされます。

なぜ人はそうしてしまう?ことわざと人の心(後編)

人は、都合よく記憶を書き換える

喉元過ぎれば熱さを忘れる

苦しいことも、過ぎてしまえば忘れてしまうということ。

熱いものを飲み込むときはあれほど苦しいのに、喉を通ってしまえばけろりとしている——そんな様子に由来しています。

人の記憶は、録画のように正確なものではありません。時間がたつにつれて、つらかった感情のほうが先に薄れていくと言われています。だから「あのときは大変だったな」と、どこか懐かしく振り返れてしまうんですね。

受験や仕事の修羅場を、あとになって笑い話にできるのも、この仕組みのおかげでしょう。ただし、おかげで同じ失敗を繰り返してしまうこともあるわけです。

羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く

熱い汁で火傷した人が、冷たい膾まで吹いて冷まそうとすること。

こちらは逆に、失敗の記憶が強く残りすぎる場合ですね。一度ひどい目にあうと、関係のないものまで警戒してしまう。

同じ人間なのに、忘れてしまうこともあれば、忘れられないこともある。どちらも本当だというのが、面白いところです。

人は、努力を無駄にしたくない

元の木阿弥

いったんよくなったものが、もとの状態に戻ってしまうこと。

ここまで積み上げたものが台無しになる——これほど人を落ち込ませることはありませんよね。

人には、費やした時間や労力を惜しむ気持ちがあります。すでに使ってしまって取り戻せないものなのに、それが判断をゆがめてしまうんですね。

「ここまでやったのだから、やめられない」。つまらない映画を最後まで観てしまったり、見込みのない計画を続けてしまったり。冷静に考えれば今やめるのが得なのに、そうできない。これは多くの人に覚えのある感覚でしょう。

芝居や歌舞伎から生まれたことわざ

人は、目の前の楽を選ぶ

急がば回れ

急いでいるときほど、確実な道を選びなさいということ。

もとは琵琶湖を舟で渡るより、遠回りでも陸路を行くほうが結局は早い、という言い伝えだったとされています。

人は、すぐ手に入る利益を過大に評価する傾向があると言われています。今日の千円と、一年後の二千円。どちらを選ぶかと聞かれると、今日の千円を選ぶ人が少なくないんですね。

ダイエットが続かないのも、勉強を先延ばしにしてしまうのも、根は同じでしょう。遠い先の大きな得より、目の前の小さな楽を選んでしまう——それが人というものなのかもしれません。

明日は明日の風が吹く

先のことを心配しすぎず、今日を生きようということ。

こちらは前向きな言葉ですが、裏を返せば「先のことを考えないでいられる」ということでもありますね。人は未来の自分を、どこか他人のように感じると言われています。「明日の自分がなんとかするだろう」——そう思ってしまうわけです。

人は、思い込みで世界を見る

色眼鏡で見る

先入観にとらわれて、物事を正しく見られないこと。

人は、自分の信じたいことを裏づける情報ばかり集めてしまう傾向があります。「あの人は意地悪だ」と思っていると、その人の優しい行動は目に入らず、きつい一言ばかりが記憶に残る——そんな経験はありませんか。

先に結論があって、あとから理由を探す。これは誰にでも起こることなんですね。

痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)

好きになると、欠点まで長所に見えてしまうこと。

これも思い込みの働きですね。好意を持つと、相手のすべてが良く見えてくる。一つの良い印象が、ほかの評価まで引き上げてしまうんですよ。

面接で第一印象が大事だと言われるのも、同じ理由でしょう。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

こちらは正反対で、嫌いになると関わるものすべてが憎く見えてしまうこと。

「痘痕も笑窪」と対にして覚えると、人の心の偏りがよく分かりますね。好きでも嫌いでも、一度そう思い込むと、見え方そのものが変わってしまうのです。

お寺や神社から生まれたことわざ

人は、自分を基準に考える

我が身をつねって人の痛さを知れ

自分で痛みを感じてみて、はじめて人の痛みが分かるということ。

裏を返せば、自分が経験していないことは分かりにくいということですね。健康な人には病気の苦しさが、満腹の人には空腹のつらさが、なかなか想像できません。

人は、今の自分の状態を基準にして他人を見てしまうんですよ。だからこそ、この「ことわざ」は想像力を働かせなさいと教えているわけです。

魚の目に水見えず

身近すぎるものには、かえって気づかないということ。

水の中にいる魚には、水があることが当たり前すぎて見えていない——そんなたとえですね。「人の目に空見えず」と続けて言うこともあります。

家族のありがたみ、健康のありがたさ。失って初めて気づくというのは、まさにこれでしょう。

魚のことわざ

人は、一度始めると止まれない

乗りかかった船

一度始めた以上、途中でやめられないということ。

岸を離れた船からは、降りることができません。そこから、始めたことは最後までやり遂げるしかない、という意味になりました。

責任感のあらわれでもありますが、同時に引き返す判断を難しくする言葉でもありますね。本当はやめたほうがいい場面でも、「乗りかかった船だから」と続けてしまう。「元の木阿弥」のところでお話しした心の動きと、よく似ています。

毒を食らわば皿まで

一度悪いことに手を染めたなら、最後までやってしまえということ。

こちらはもっと極端ですね。「どうせ汚れたのだから」と、歯止めがきかなくなる心理をあらわしています。

小さな違反を一度してしまうと、その後の抵抗感が薄れる——そんな傾向が人にはあるようです。この「ことわざ」は、それを見抜いていたわけですね。

人は、数が多いほうを信じる

三人虎を成す

事実でないことでも、多くの人が言えば本当のように思えてしまうということ。

中国の故事に由来しています。「町に虎が出た」と一人が言っても信じませんが、二人、三人と同じことを言うと、人は信じてしまう——そんな話ですね。

これは現代でも、まったく変わりません。むしろ情報が速く広まる今のほうが、深刻かもしれませんね。同じ話を何度も目にすると、それだけで真実らしく感じてしまうと言われています。

虎のことわざ

人は、自分に甘く他人に厳しい

我田引水

自分の都合のいいように、物事を運ぶこと。

自分の田にばかり水を引く——そんな様子に由来しています。

人は、うまくいったときは自分の実力だと考え、失敗したときは運や環境のせいにする傾向があると言われています。ところが他人を見るときは、その逆になるんですね。

自分には優しく、他人には厳しく。耳の痛い話ですが、思い当たるところがあるのではないでしょうか。

目くそ鼻くそを笑う

自分の欠点を棚に上げて、人の欠点を笑うこと。

前回ご紹介した「猿の尻笑い」と同じ意味ですね。動物を使わない言い方では、こちらになります。

人は、自分の姿を直接見ることができません。だからこそ、自分の欠点には気づきにくいのでしょう。

変わらないから、残った

ここで取り上げたことわざを見て、あらためて思うことがあります。

喉元過ぎれば忘れてしまう。目の前の楽を選んでしまう。思い込みで世界を見てしまう。自分に甘く、他人に厳しくなってしまう——どれも、今の私たちにそのまま当てはまります。

これらの「ことわざ」が何百年も生き残ってきたのは、言い当てていることが変わらないからでしょう。

技術は進み、暮らしは便利になりました。けれど人の心の仕組みは、そう簡単には変わらなかったのです。だから昔の人の言葉が、今も刺さるんですね。

逆に言えば、これらの「ことわざ」は先人からの警告とも読めます。「あなたも、こうしてしまうよ」と。何百年も前から、人は同じ失敗を繰り返してきたのですから。

せめて、知っておくだけでも違うかもしれません。「あ、今まさに元の木阿弥を恐れて続けているな」と気づければ、立ち止まることもできるでしょう。

動物の「ことわざ」から人の心をのぞいた前編もありますので、あわせてご覧くださいね。