ことわざ動物園

なぜ人はそうしてしまう?ことわざと人の心(前編)

「捕らぬ狸の皮算用」「逃がした魚は大きい」。これらの「ことわざ」は、人のある傾向をぴたりと言い当てています。しかも面白いことに、現代の研究でも同じことが確かめられているんですよ。ここでは、動物の「ことわざ」を手がかりに、人の心の動きをのぞいてみることにしましょう。

なぜ人はそうしてしまう?ことわざと人の心(前編)

人は、先のことを楽観しすぎる

捕らぬ狸の皮算用

まだ手に入っていないものを、あてにして計画を立ててしまうこと。

これは誰にでも覚えがありますよね。宝くじを買った日にお金の使い道を考えたり、面接を受けた直後に入社後の生活を想像したり。

人には、うまくいく可能性を高く見積もる傾向があると言われています。「自分だけは失敗しないだろう」「思ったより早く終わるだろう」——そう考えてしまうんですね。

夏休みの宿題が計画どおりに進んだ人は、どれくらいいるでしょうか。作業にかかる時間を、人は短く見積もりがちなんですよ。

狸のことわざ

卵をかえす前に鶏を数えるな

英語圏の「ことわざ」で、まったく同じことを言っています。ひなが生まれる前から、数を数えても仕方がないということですね。

国が違っても、同じ戒めが生まれているのが面白いところです。それだけ、この傾向が人間に共通しているということでしょう。

鶏のことわざ

失ったものほど、大きく見える

逃がした魚は大きい

手に入れそこなったものは、実際よりも値打ちがあったように思えること。

釣り上げる寸前で逃げられた魚を、釣り人は実物より大きく語ってしまう——そんな由来の言葉ですね。

人は、得ることより失うことに強く反応すると言われています。千円もらった嬉しさより、千円なくした悔しさのほうが大きい。だから「逃がしたもの」は、実際より価値があったように感じられるんですね。

買わなかった株が値上がりしたときの悔しさ、選ばなかった進路への未練。どれも同じ心の動きでしょう。

魚のことわざ

隣の花は赤い

他人のものは、何でもよく見えてしまうということ。

こちらは「持っていないもの」が魅力的に見える話ですね。手元にあるものには慣れてしまい、ありがたみを感じにくくなる——これも、よく知られた傾向です。

欲張ると、どちらも失う

二兎を追う者は一兎をも得ず

同時に二つのことをしようとすると、どちらも成功しないということ。

これは現代でもよく語られる話ですよね。複数の作業を同時に進めると、一つずつやるより効率が落ちると言われています。切り替えのたびに集中が途切れるからなんですね。

昔の人は、兎を追いかける場面でそれに気づいていたわけです。

その他の動物のことわざ

虻蜂取らず

虻と蜂の両方を捕まえようとして、どちらも逃がしてしまうこと。

同じ意味ですが、こちらは虫が主役ですね。日本語には、同じ教訓を別の生き物で言いあらわす「ことわざ」がよくあります。それだけ大事な教えだったということでしょう。

虫のことわざ

人は、まわりに引きずられる

牛は牛連れ、馬は馬連れ

似た者同士が集まると、物事がうまく運ぶということ。

こちらは同調の良い面を言った言葉ですね。気の合う仲間と組めば、話が早い。歩調が合うというわけです。

ただし、似た者ばかりが集まると、考え方が偏ってしまうこともあります。「牛は牛連れ」の心地よさには、そんな落とし穴もあるかもしれませんね。

牛のことわざ

大勢いると、かえって進まない

三人寄れば文殊の知恵

一人では思いつかないことも、何人かで考えれば良い知恵が出るということ。

人が集まることの良い面を言った言葉ですね。異なる視点が持ち寄られると、たしかに発想は広がります。

船頭多くして船山に上る

指図する人が多すぎると、物事は妙な方向へ進んでしまいます。

これも実際に起こることです。人数が増えるほど、一人あたりの責任感は薄れると言われています。「誰かがやるだろう」と思ってしまうんですね。

さらに、意見がまとまらずに時間だけが過ぎることも。会議の人数が増えるほど結論が出にくくなるのは、多くの方が経験されているのではないでしょうか。

※同じ「大勢」でも、知恵を出し合う場面では力になり、指示を出す場面では邪魔になる。この二つの「ことわざ」を並べると、その違いがはっきり見えてきますね。

追い詰められると、人は変わる

窮鼠猫を噛む

追い詰められた弱い者が、必死になって強い者に反撃すること。

動物には、危険に直面したときの反応があります。逃げるか、戦うか。逃げ場がなくなれば、相手が自分より強くても攻撃に転じるんですね。

これは人間も同じです。追い詰められた人が思いがけない行動に出るのは、珍しいことではありません。

この「ことわざ」には、相手を追い込みすぎてはいけないという戒めも込められています。交渉事でも、人間関係でも、逃げ道を残しておくことの大切さを教えてくれますね。

その他の動物のことわざ

蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる

一度ひどい目にあうと、関係のないものまで怖くなってしまうこと。

強い恐怖の記憶は、長く残ります。しかも似たものにまで反応が広がってしまうんですね。縄が蛇に見えてしまうというのは、まさにそれです。

これは身を守るための仕組みでもあります。危険を覚えておくことで、次は避けられますからね。ただし、行きすぎると生きづらくなってしまう——そのあたりの機微も、この言葉は捉えています。

他人のことは、よく見える

猿の尻笑い

自分の欠点に気づかないで、人の欠点を笑うこと。

猿のお尻はもともと赤いのに、ほかの猿の赤いお尻を見て笑ってしまう——なかなか辛辣な言葉ですね。

人は、他人の欠点はよく見えるのに、自分の欠点には気づきにくいものです。自分の姿は、直接は見えませんからね。

猿のことわざ

人の振り見て我が振り直せ

だからこそ、他人を鏡にしなさい——そう教えてくれる言葉ですね。「猿の尻笑い」と対にして覚えると、意味が立体的になりますよ。

人は肩書きに弱い

虎の威を借る狐

自分には力がないのに、他人の権力をかさに着て威張る人のこと。

狐のうしろを虎が歩いていたから、ほかの動物は逃げた。ところが虎は「狐が強いからだ」と思い込んでしまった——そんな中国の故事に由来しています。

面白いのは、だまされた虎のほうですよね。人は、権威や肩書きのあるものに弱いと言われています。同じ内容でも、偉い人が言えば正しく聞こえてしまう。

この「ことわざ」は、威を借る狐を笑うと同時に、それにだまされる私たちのことも言い当てているのかもしれませんね。

虎のことわざ

昔の人は、よく見ていた

計画を楽観しすぎること。失ったものが大きく見えること。まわりに引きずられること。追い詰められると変わること——どれも、現代の研究で確かめられている人の傾向です。

けれど昔の人は、研究などしていません。ただ毎日、周りの人をよく見ていました。

隣の人が宝くじの使い道を語るのを聞き、釣り人が逃がした魚を大きく語るのを聞き、会議がまとまらないのを眺めていた。その観察から、短い言葉を紡ぎ出したわけです。

人間というものは、そう簡単には変わらない。そのことを、これらの「ことわざ」は教えてくれますよね。何百年も前の人が気づいたことに、今の私たちも思い当たるのですから。

次に「捕らぬ狸の皮算用」をしそうになったら、ちょっと思い出してみてください。昔の人も、同じことをしていたんですよ。

「ことわざ」がどのように生まれてきたかについては「ことわざの起源」のページで紹介していますので、あわせてご覧くださいね。